はじめに
この記事では、私が双極症Ⅱ型と診断されるまでに経験したこと、
5回にわたる閉鎖病棟での入院や、2度の自殺企図を経て
電気けいれん療法で回復してきた道のりを綴っています。
精神疾患とともに生きることの厳しさと、
それでも「もう一度やり直そう」と思えたきっかけを
少しでも誰かに届けられたらと思っています。
理系大学入学と、最初の抑うつ状態
私は理系大学に入学して間もなく、心身の不調に見舞われました。
講義にも行けず、ほとんど部屋から出られない状態。
心療内科を受診し、抗うつ薬を処方されると、
1か月ほどで体調は落ち着きました。
しかしその冬、再び抑うつ状態に。
同様に薬を服用し、比較的短期間で改善は見られましたが、
この頃から「良くなったり悪くなったりを繰り返す」状態が続くようになりました。
なんとか大学の単位やゼミはギリギリで乗り越え、卒業。
けれど就職活動中にも抑うつ状態があり、正規就職はできませんでした。
派遣社員から正社員登用、そして再びの急降下
卒業後は派遣社員として働き始めました。
この頃は体調が比較的安定し、仕事でも成果を出すことができました。
やがて正社員登用され、「やっと社会に馴染めた」と思えた時期でもありました。
しかし再び、抑うつ状態が訪れます。
朝起きることができず、食事、入浴、歯磨きすらままならない。
服薬管理もできず、自力での生活が不可能に近くなりました。
ついに、遠方に住む母に助けを求めるほどになり、
精神科病院の閉鎖病棟に入院することになりました。
このとき、私は初めて「本格的な治療」と向き合うことになります。
仕事はそのまま退職せざるを得ませんでした。
自殺企図と繰り返される入退院
退院後、体調が戻ればまた働く――
そう思って何度か派遣社員として再就職しましたが、
好調な時期が長くは続かず、雇い止めを繰り返すことになります。
「自分は社会から必要とされていない」
「働くことも、人と関わることも、もう無理なんじゃないか」
そんな気持ちが重なり、私は2度にわたって自殺を試みました。
2度目の自殺企図は、もう心も身体も完全にぼろぼろな状態でした。
1年以上働いておらず、絶望の中で、
「せめて綺麗に死にたい」と思い、低体温症を使った方法を選びました。
けれど、たまたま家族が気づいてくれて、命を取り留めました。
そのまま再び閉鎖病棟へ入院することになります。
電気けいれん療法(ECT)との出会い
今回の入院で、私は 電気けいれん療法(ECT) を受けることになりました。
これは医師と相談のうえで行われた治療で、結果的に、
私にとって人生を大きく変える転機になりました。
▼ ECTとは?
電気けいれん療法(Electroconvulsive Therapy, ECT)は、
重度のうつ病や双極性障害などに用いられる治療法です。
安全性と効果が確立されており、日本うつ病学会なども推奨しています。
👉 電気けいれん療法について(東京都立松沢病院)
回復と、今の私
ECTを6回受けた結果、私は感情を取り戻すことができました。
久しぶりに「音楽で泣く」感情が戻り、
朝の光や、愛犬との散歩を心から嬉しいと感じられるようになりました。
けれど、ECTには副作用もあります。
私の場合、記憶力や作業能力の低下といった認知機能の課題が残りました。
現在は、就労移行支援事業所でリハビリを続けながら、
もう一度、社会で働ける自分を取り戻すことを目指しています。
おわりに
私は5回の入院と、2度の自殺未遂を経て、
それでも「生きよう」と思えた人間です。
誰かに必要とされる感覚を失ったとき、人は本当に脆くなります。
だからこそ、今この文章を読んでくれているあなたに伝えたいのです。
生きることに、遅すぎるなんてことはありません。
希望は、一度消えても、また見つけ直せるものです。
このブログが、誰かにとっての「小さな光」になれば幸いです。
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